日本の爆撃機「中島B5N」がパールハーバーで復元開始
2016/04/25
修理工場を兼ねた「格納庫79」で日本の爆撃機の復元作業が開始
第二次世界大戦当時、実際使用されていた格納庫を初め管制塔などの建物や航空機の展示によって戦争の歴史を学べる施設、太平洋航空博物館。同施設の「格納庫79」では、展示だけでなく海軍大尉テッド・シーリー復元工房という修理工場も兼ねており、普段見られない舞台裏を身近に見ることができます。

ここで今話題になっているのは、パールハーバー攻撃当時日本海軍で最も影響力の高かった爆撃機「中島 B5N」が同博物館に到着し、復元作業に入り始めたことです。米国では「ケイト」と呼ばれていたこの爆撃機について館長ケネス・デホフは次のように語っている。
――この飛行機はこの戦争で生き残ったと言われている数少ない飛行機の1つです。約 1,149 の中島 B5N 爆撃機が作られたと言われていますが、全て復元不可能なバラバラの状態でした。しかしその一方で、この飛行機は 75%が復元可能な状態で南太平洋で発見されたのですからまさに奇跡と言えるでしょう。この大変歴史的に貴重な飛行機を同館でほぼ完璧な状態にまで復元できることは大変な喜びです。

75年前にパールハーバーに向けて飛び立った地に再び戻ってきたというのは運命かもしれません。なお予定としては、復元完了には5年の期間を要する予定です。